fusachikoの日記

会社を辞めて、外国へ。

意見をビシッと言うフランス人は後腐れがなくていい

引っ越した家は6人住める。オーナーのオーストラリア人とその彼女が一部屋に、私とフランス人と韓国人がもう一部屋に住んでいる。4人部屋なので、現在入居者募集中。

 

先日、飲んで帰った。といっても11時くらいだから、そんな遅い時間ではない。部屋に入って電気をつけると、フランス人に「消してくれ」と言われた。

 

たしかにみんなもう布団に入っていたし、そうだよな眩しいよな、と電気を消し、ベッドの上でビニール袋をゴソゴソやっていたら、フランス人が起き上がってスマホを見せてきた。そこには4時30分に設定された目覚ましが表示されていた。

 

「明日朝早くに起きなきゃいけないの。静かにして」

 

けっこう驚いた。たしかにちょっとうるさかったとは思うが、わたしがゴソゴソしてたのは20秒くらい。日本人感覚だとまだ我慢してる時間だ。

 

そしてその翌日、仕事が終わって家に帰ると、フランス人に話しかけられた。「わたしは4時半に起きても電気はつけない。なぜならみんなのことをリスペクトしてるから。だからお願い、寝ているときは電気をつけないで」といった内容だった。

 

フランス人は自分の意見をはっきり言うという話を聞いたことがあったけど、本当にはっきりしている。これが日本人同士だったら、うるさいなぁと思いながらも言い出せず、外部の友人にでも愚痴ってストレスを発散して、うっぷんをためていくのが一般的だろう。少なくとも2〜3回同じことが繰り返されるようだったら注意しよう、くらいの感覚ではなかろうか。

 

少々面食らいながらも、わたしは彼女に前日の晩の無礼を詫びて、その後は和やかに世間話をした。はっきり言ってくれるぶん、後腐れなく根を引かないのがすばらしい。こういうコミュニケーションもあるんだなぁ。

「家族がいないからかわいそう」は傲慢だ

家族を幼い頃に亡くし、施設で育ったという男性に取材をした。周囲の人に笑ってもらうことが、楽しみながら自分の居場所を見つける唯一の手段だったと話す彼は、とても明るい人で、路上パフォーマーとして活動している。

 

施設で育ったから、家族がいないから、かわいそう。そんな考えを周りが勝手に抱くべきでは絶対にない。彼と話をしていて、そんなことを再確認した。

 

第一、自分の生まれ育った環境が、その人の”当たり前”だ。両親が恋人のように仲良しな家庭で育てばそれが本人のスタンダードになるし、逆もまたしかりだ。母子家庭や施設生活だって同じこと。一般的にみて普通じゃない育ち方をしていたって、本人にしてみればそれが普通だ。

 

それなのに、自分がいわゆる普通の家庭に育ったから、家族がいなくて施設で育った人のことをかわいそうだなんて、傲慢甚だしい。そりゃあ、「施設の生活がさみしくて布団の中で毎晩泣いていたんです」みたいな話を相手がしたならば、それはたしかにかわいそうかもしれない。でも、そういった話がない中で、「施設=かわいそう」「家族がいない=かわいそう」だなんて決め付けは絶対にしてはいけない。そんな失礼な話はない。

 

本人のことをよく見ずに、一般的なイメージだけで勝手にレッテルを張る。そんなことをする人にはなりたくないと心底思うけど、気をつけないとついやってしまう。歳を重ねるごとに、わかったつもりになりがちなことに対する自覚と危機感を忘れずに、いつまでもフラットに、柔軟な人でわたしはありたい。

LGBTの祭典で学んだ、「明るく楽しく」が最強ということ

今日からLGBTの祭典、Mardi Gras(マルディ・グラ)がシドニーでスタート。なんでも世界最大級のLGBTイベントらしい。

f:id:fusachiko:20170219183439j:image

初日はニュータウンというサブカル感あふれるオシャレタウンの公園でFair Dayが開催された。いろいろな屋台が集まり、ステージで演奏が行われたりと、要はお祭りだ。来場者は例年8万人にも上るらしい。

 

参加してみて一番印象的だったのは、明るくて楽しそう、ということ。

 

LGBTは重たいテーマとして語られがちで、当事者は社会に受け入れてもらえない悩みを抱えていて、職業的にもトイレ問題やらなんやらで理解のない企業から敬遠されることも多く、なんとなく2年前くらいから日本でも話題になることは増えてきたような気はするけど、LGBT以外の人たちはどこか他人事。自分には関係のない話だし、デリケートな問題だから気軽に触れられないような気がして扱いずらい。たぶん、こう思っている人は少なくないはずだ。

 

でも、今日行ったFair Dayで感じたのは、とにかくオープンで明るくて、なにより楽しいということ。

 

レインボーカラーのボディーペイントをする参加者、

シートを広げてピクニックを楽しむ人たち、

仲良さげに歩く同性カップル、

インパクト絶大なドラッグクイーン、

お店を覗いたらハグして歓迎してくれたおばちゃん、

ブリーフタイプの海パン一丁の男性集団、

両乳首に輪っかの太いピアスを受けている男性、

拘束具みたいなものをつけた男性を鎖で引っ張る男性(笑)

 

そして一番いいなと思ったのが、子どもが多いこと。価値観が固まってしまった多様性に馴染みがない大人が本当の意味でLGBTをはじめとしたマイノリティーを理解するのは難しいけど、こういうイベントに幼い頃から触れて育った子どもが作る未来はきっと明るい。

 

家族でこういうイベントに参加するというのはすばらしいことだし、日本だとセンシティブな話題として取られがちなLGBTのイベントに、家族で参加できるものがあるというのが最高にクールだと思う。

 

「明るく楽しく元気良く」

「暗く反省しても誰もついてこない。だから、楽しんだ者が勝ちなのだ」

 

今回のイベントで、こんな言葉を思い出した。何かを変えたいときに必要なのは、綿密なプランでも深刻になることでもない。シンプルな明るさと楽しさだ。

f:id:fusachiko:20170219183424j:image

24時間かけて海外旅行から帰った当日に内見を7件するという拷問

イタリアからシドニーに帰ってきた。帰りはローマを金曜日の21時に出発し、セルビア、アブダビを経由し、シドニーに着いたのは日曜日の朝6時。総移動距離は24時間。土曜日がどこかに消えた。

 

無事到着して一安心、ではなく、わたしには大きな問題があった。帰る家がなかった。

 

今回の旅行は2週間。住んでいた家は2週間毎に家賃を払っていたので、丸々不在にするのに家賃を払うのがバカバカしく、そろそろ引っ越したいと思っていたこともあり、家を引き払って旅立っていたのだ。

 

そういうわけで、到着後休む間もなく、というよりは休む場所を探すべく、シドニー空港でパソコンを広げ、片っ端から物件をチェックしては内見依頼のメールを送った。10件近く送ったところで、1件目の内見が9時半と10時に決まり、移動。

 

なにを血迷ったか24キロあるスーツケースごと行って汗だくになったので、2件見終わるとセントラル駅の荷物保管サービス(8時間13ドル)に荷物を預け、お昼をたべたりコーヒー飲んだり手帳に旅の日記を書いたりしながら、次の内見まで時間を潰す。すでに足はイタリアでの疲労と長時間の移動によるむくみと午前中の移動でパンパン。爆発するかと思った。

 

午後は3時、3時半、4時、5時半、6時と5件の物件を見て周り、1日で7件の内見をこなした。シドニーは小さな街なので、基本全部徒歩。なんでこんな拷問みたいなことを一人でやっているのか。しかも今ひとつピンと来るところがない。なんてこった。

 

結局この日はバックパッカーズ、通称バッパーと呼ばれる安宿に泊まった。1泊2500円くらいの、10人相部屋。部屋は明るかったしガヤガヤうるさかったけど、朝まで一度も起きることなく爆睡した。

 

どうやら時差ボケも克服し、体調は万全。ただ、血行が良くなりすぎたのか、むくみ過ぎたのか、足首を中心に謎の湿疹が出た。足は悲鳴を上げている。

シドニーからローマは24時間もかかる

シドニーからローマに来た。24時間もかかった。

 

27日21時50分シドニー発の飛行機では、ホームアローンを見て、寝て、カーズを見て、寝て、アナと雪の女王を見て、アブダビに到着。

 

28日5時40分(シドニー時間で同日12時40分)にアブダビに到着。空港で3時間、ふらふら歩いてみたり、マックで携帯の漫画を読んだりネットを見たりしながら時間をつぶす。

 

ハッピーセットのオマケをその辺のちびっ子にあげようと思って声をかけたらよりによって同じおもちゃを持っている子だった。そのあとトイレにいた1歳半くらいの子と目が合ったらニコニコ手を振ってくれてものすごくかわいかったので、おもちゃはその子にあげた。大満足。

 

28日9時10分(シドニー時間で同日16時40分)のアブダビ発の飛行機では、笑う警官という文庫の小説を一冊読みきり、またしてもアナと雪の女王を見て、宇多田ヒカルの新しいアルバムを聴いて、パズルゲームで1時間半くらいつぶした。時間をつぶす例として、これ以上のものはないと思う。

 

そしてようやく28日13時(シドニー時間で同日23時)にローマ到着。シドニーを出発してから24時間経っているけど、時差を無視すると15時間。カレンダーではそんなに進んでいる気がしないから、不思議と思ったほどの疲れもない。

 

……ということは、こりゃ帰りの疲労が恐ろしい。

なんでシドニー空港のティムタムはこんなに高いの?

シドニーのキングスフォート・スミス空港のティムタムがバカ高い。1個6.90ドルもする。

f:id:fusachiko:20170127183814j:image

市内のスーパーなら、定価がたしか3.60ドル。今日のウールワースなんて半額セールで1.80ドルくらいだったのに。

 

空港が僻地にあって仕入れが困難とか、何か理由があればまぁ理解できるけど、この空港は市内から車で15分くらいの場所にある。さっと仕入れられそうなものなのに、何でこんなに高いんだろう。

 

家電が欲しい中国人は重量の兼ね合いで少々値段が高かろうとチェックイン後に買わざるを得ないって話は聞いたことあるけど、ティムタムを定価の倍近い価格で売る理由がわからない。

 

そりゃあ、お土産買い損ねて空港内で買う人もいるだろうけど、この値段じゃ買おうと思ってたけど高すぎて買わないって選択肢を選ぶ人も多いんじゃなかろうか。もうちょい価格下げた方が売り上げあがると思うんだけどなぁ。

 

「計画された偶発性理論」と「岡本太郎」

日本人の交流イベントで、ゲストスピーカーとして話をした。わたしなんぞが前に出て話すことなんて本当は何もないと思うけど、お誘いいただいたので引き受けた。今年の抱負は、来るものなるべく拒まず、だ。

 

当然上手に話せるわけもなく、緊張して固くなってしまったし、自分の出来なさに直面して落ち込んだわけなんだけれども、自分にとって大事な考え方がはっきりしたのは大きな収穫だった。

 

一つが「計画された偶発性理論」。ざっくり言ってしまうと、一生懸命頑張っていれば、計画されたような偶然が舞い込んで、人生がいい方向に進んで行く、という考え方。この考え方が大好きで、自分のこれまでを振り返っても、すごく納得がいく。

 

もう一つが、岡本太郎のエッセイ「自分の中に毒を持て」の中に出てきた、「複数の選択肢を前に悩んでいるなら、困難だと思う方を取れ」というもの。この考え方自体はよく言われることだし、特に珍しいものではない。わたしが好きなのは、その理由。

 

困難な選択肢なんて、本来真っ先に捨てられるものだ。なぜならば困難なことが目に見えているから。それなのにその選択肢と、その選択肢より簡単な選択肢を前に悩んでいるということは、困難な選択肢に惹かれているということにほかならない。だったら、どんなに困難であろうと、自分が一番グッときているその選択肢を取るのがいいに決まっている。

 

自分のことについてみんなの前で話をしてみて、この二つの考え方が、自分の思考のベースとなっていることがよくわかった。わすれないうちに明文化。