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fusachikoの日記

会社を辞めて、外国へ。

「ありがとう」と「ごめんなさい」は忘れずに

仕事・働き方 シドニー生活

職場に、どうも好きになれない人がいる。熱い気持ちを持っていることはわかるし、そこに同意はできるし、不器用だけど仕事に一生懸命なこともわかる。チャーミングなところも発見した。でも、どうも好きになれない。

 

なんでだろうなぁと考えていて、ようやくわかった。その人から「ありがとう」と「ごめんなさい」を言われたことがないからだ。

 

高速で原稿を仕上げたときにも、その人が課題だと言っていたことに対する施策案を出したときにも、「ありがとう」がない。仕事の納期が差し迫る中で突然の重ための修正を依頼されたときには「ごめんなさい」がなかったし、対応したあとも「ありがとう」がなかった。

 

心のうちはわからない。申し訳なく思ってくれているのかもしれないし、すごく感謝してくれているのかもしれない。でも、少なくともわたしには伝わっていない。

 

小学生の標語みたいだけど、あいさつと、ありがとうと、ごめんなさいは、どんなに偉くなろうとも、年上になろうと、絶対におろそかにしてはいけない。気をつけよう。

いい仕事、いい人生

仕事・働き方 シドニー生活

昨日の続きです。

fusachiko.hatenablog.com

 

わたしにとって住む場所はどうでもいいことがわかって、じゃあ何が大事なのかというと、それはたぶん、仕事だ。

 

今の職場では、ウェブサイトの製作チームに所属している。日本で働いていたときもウェブサイトの企画・編集の仕事をしていたから、仕事の内容はあまり変わらない。今後もこういう仕事をやっていきたいと思っているから、方向性は問題ない。

 

ただ、圧倒的に業務量が少ない。むしろ、足りない。仕事が物足りなくて、依頼される案件しかやらないのもつまらないし、それならばと思って新企画を提案してみたり、サイトの数字分析をしてみたり、もっとたくさんの人にみてもらうための施策を考えてみたり、といったことを昨年末くらいからするようになった。

 

ミーティングの場を設けてもらって、営業やシステムや社長に説明し、実際に実行に移したものもある。ただ、どうも腰が重い。製作サイドからの提案になれていないのと、老舗の会社で、上の人たちはおじさんで、おまけにウェブの知識がほぼない。新しい提案に対し、否定的な意見も多い。

 

わたしもわたしで、今年8月には日本に戻るつもりで、つまりいまの職場は期間限定。だから、どうも「絶対にこの企画を通してやる!」という熱意がわかないというか、「みんな乗り気じゃない企画を頑張って通したってわたしがいなくなったら続かないんじゃないか」とか、「あと数ヶ月で日本に帰るやつがガーガー言って迷惑なのかもしれない」とか、余計なことを考えてしまう。

 

残業は一切ないし、仕事に追われることもない。でも、正直に言ってつまらない。そう気付いてしまったときに、初めて日本に帰りたいと思った。腰を据えて、働きたい。愛せるサービスに携わって、仕事に熱中できる人たちと、密度濃く、前を向いて働きたい。

 

ワーホリビザは30歳のうちに申請すれば31歳まで使えるから、わたしはもう1年ワーホリビザが取得できる。だからオーストラリアのあとはカナダとかアイルランドとか、他の英語圏に行こうかなと思っていたけど、海外に住んでみたいという気は済んだし、もう充分かな、というのがいまの気持ち。

 

30歳という節目のタイミングで、自分にとって大事なことが見えてきたのは、とても大きな収穫だ。

海外で暮らしてみて、住む場所はどうでもいいことがわかった

シドニー生活

生まれてから29年間、ずっと東京で暮らしていた。東京を離れたことが最長2週間くらいしかなくて、「このままこんな狭い範囲をうろちょろしていていいんだろうか」と思ったのが、海外で暮らしてみたかった理由のひとつ。

 

去年は4ヶ月フィリピンのセブ島に、そしていま、シドニーに住んで半年が経った。たいして長い期間ではないけど、初めて東京以外の場所で生活してみて、わたしにとって住む場所はそんなに重要なことではないのかもしれないと思うようになった。

 

わたしは、ほかの人よりちょっとばかし適応能力が高い。電気や水道といった基本的なインフラが整っていないところはちょっとわからないけど、トイレットペーパーを流せないフィリピンもゴキブリがたくさんいるシドニーのシェアルームも3日で慣れたし、それなりに快適に過ごせる。生活する上で何か不便があっても、どうにか工夫して少しずつ暮らしやすくなっていく過程が好きでもある。

 

そして、けっこうタフだ。フィリピンで水やら油っぽい食べ物やらでみんながお腹を壊したり、気候の違いから体調を崩したりするなか、わたしは一人、ピンピンしていた。嫌いな食べ物はないし、食への好奇心が強いから現地の訳のわからない食事をワクワク楽しむことができる。スーパーで売っている見慣れない食材にもすごく興味があるから、日本で馴染みのある食品が手に入らなくても全然かまわない。

 

そんなだから、たぶん、よほどの僻地だったり発展途上国でなければ、どこでも暮らしていける。

 

そしてもうひとつ気づいたのが、どこの国も特別好きでも嫌いでもないということ。日本が最高とも、フィリピン大好きとも、オーストラリアがすばらしいとも思わない。かといって、それぞれの国が嫌いなわけでもない。つまりは、どこでもいい。

 

じゃあ何が大事なのかを考えたときに、自分にとって大事なものが見えてきた。続きはまた明日。

フランス人と韓国人が一瞬でいなくなった

シドニー生活

おととい、インド人とフランス人と韓国人とわたしの4人部屋暮らしが始まると書いたけど、

fusachiko.hatenablog.com

このブログを書いた翌日にフランス人が出て行き、今日仕事から帰ったら韓国人がいなくなっていた。一瞬で終わったグローバルライフ。

 

今、部屋はわたしとインド人の2人。お互い別々の二段ベッドを使っているので、寝返りできしむベッドの音や振動にストレスを感じることもない(もともとたいして気にしてなかったけど)。

 

いまのうちに使いやすい収納場所を確保して、ベッドも上から下に移動して、新居での生活はぐっと快適になった。シェア生活は、いかに良いスペースを確保して、そこを創意工夫で便利にしていくかが腕の見せどころ。とりあえず、二段ベッドの下が秘密基地みたいな空間になった。

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ちょっと暗いけど、狭い場所にひっそりするのは嫌いじゃない。ルームメイトの引っ越しは、新しいルームメイトに想いを馳せつつ、自分の生活をより快適にするチャンスととらえるべし。

郷に入っては郷を作ってしまう中国人と素直に従う日本人

シドニー生活

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中国人にたぶん道を聞かれた。なぜあやふやなのかというと、中国語だったから。多民族国家オーストラリアにはアジア人がたくさんいるから、中国人に間違えられているんだろうと、「I'm sorry. I'm Japanese」と答えた。

 

彼は「オー、ジャパニーズ」みたいなことを言ったから、わたしが日本人であることはわかったはずだ。それなのに、依然として中国語で話しかけ続けてくる。しかも、表情と雰囲気から察するに、どうやら世間話だ。

 

そんなバカな、と思うけれど、実はこの手の経験は初めてじゃない。「相手が中国語を理解していないとわかってもなお中国語を話し続ける中国人の話」は、日本人の友達とのあるあるネタだったりする。

 

郷に入っては郷に従え。そんな言葉があるけれど、中国人は「郷に入っては郷を作ってしまえ」だ。多くの国に中華街があって、立派な中国人コミュニティがある。シドニーにもチャイナタウンがあるけれど、言葉も表示も中国語。英語は通じるものの、お店によっては「中国語がわからないなら諦めて」みたいな空気がすごい。

 

そういう自分たちの居場所を作れる国民性が影響しているのか、英語圏のシドニーなのに、彼らはたとえ英語ができなかったとしても、そのことにまったく引け目を感じていないように見える。すごくうらやましい。

 

一方の日本人は、自分も含めて、素直に郷に従う人が多いように思う。空気を読むことに重きを置く性格の部分と、小さな島国で生活してきたから、よその場所で自分たちの居場所を確保する、みたいな考え方に不慣れなのかもしれない。実際、シドニーにはチャイナタウンだけじゃなくて、タイやインド、ベトナム、イタリアなど、それぞれの国の人があつまる場所があちこちにあるのに、ジャパニーズタウンはない。

 

よく言えば、相手の文化やルールを尊重して、受け入れられる。悪く言えば、主張ができない。そもそもよその国でジャパニーズタウンをつくる必要がはたしてあるのかっていうのはさておき。

 

こういうことに気づいたときに、外国に住んでみてよかったなぁとつくづく思う。新しい発見はおもしろい。

インド人が引っ越してきた

シドニー生活

インド人が引っ越してきた。IT技術について大学で勉強しているという学生さん。これで部屋の住人はフランス人、韓国人、インド人、私の4人になった。

 

部屋には2段ベッドが2つあって、私のベッドは上。これを書きながらわたしは斉藤和義の音楽を聴いていて、下のベッドでは韓国人が韓国語の動画を見ていて、少し前まではインド人がインドの音楽を流していて、フランス人はフランス語で電話をしていた。

 

それぞれおおっぴらに会話し、音楽を流し、動画を見ているのに、その内容はまったくわからない。シェアでも、母国語が全員違うと気楽なものだ。

 

これぞグローバル。これからどんな生活になるのやら。

 

英語の上達を実感したいときにすべきこと

シドニー生活

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公用語も母国語も英語のシドニーで生活をしていると、みんなが話す言葉は当然英語だ。それはそれは流暢にベラベラしゃべるわけで、わからないことばかり。まれに「あ、前よりスラッと言葉が出たかも」なんて思うことはあるけど、それよりも聞き取れなかったり、言いたいことが言えなかったり、落ち込むことの方が多い。

 

でも先日イタリアに旅行に行って、自分の英語力が確実に伸びていることが実感できた。

 

理由はおそらく3つある。

 

1つ目は、イタリアが英語圏ではないこと。お互い母国語でない、不得意な言語で話しているわけだから、難しい単語もなければ話すスピードもゆっくり。やたら巻き舌だったりするイタリア訛りはあったけど、こちらもジャパニーズアクセントなわけで、お互い様なのが安心感につながる。

 

2つ目は、いつも一緒に旅行をする友人との比較。今までは二人して「?」状態だったのが、今回はわたしだけ理解できている場面がたくさんあった。これは大きな自信になった。親愛なる友人よ、ありがとう。

 

3つ目は、過去の自分との比較。前に海外旅行をしたときに苦労したことが、なんなくできる。例えば、これまでは道がわからないときにその辺の人に聞くのは最終手段だったけど、今回は驚くほど気軽に聞けた。英語だけじゃなく、言葉の壁がある中でのコミュニケーションに慣れたことが最大の要因だと思う。

 

はたして自分の語学力は伸びているんだろうか、と不安に思うなら、やるべきことはレベルテストを受けることでも資格試験の点数を確認することでもない。英語がそれなりに通じる英語圏以外の国を訪れることだ。