fusachikoの日記

会社を辞めて、外国へ。

「家族がいないからかわいそう」は傲慢だ

家族を幼い頃に亡くし、施設で育ったという男性に取材をした。周囲の人に笑ってもらうことが、楽しみながら自分の居場所を見つける唯一の手段だったと話す彼は、とても明るい人で、路上パフォーマーとして活動している。

 

施設で育ったから、家族がいないから、かわいそう。そんな考えを周りが勝手に抱くべきでは絶対にない。彼と話をしていて、そんなことを再確認した。

 

第一、自分の生まれ育った環境が、その人の”当たり前”だ。両親が恋人のように仲良しな家庭で育てばそれが本人のスタンダードになるし、逆もまたしかりだ。母子家庭や施設生活だって同じこと。一般的にみて普通じゃない育ち方をしていたって、本人にしてみればそれが普通だ。

 

それなのに、自分がいわゆる普通の家庭に育ったから、家族がいなくて施設で育った人のことをかわいそうだなんて、傲慢甚だしい。そりゃあ、「施設の生活がさみしくて布団の中で毎晩泣いていたんです」みたいな話を相手がしたならば、それはたしかにかわいそうかもしれない。でも、そういった話がない中で、「施設=かわいそう」「家族がいない=かわいそう」だなんて決め付けは絶対にしてはいけない。そんな失礼な話はない。

 

本人のことをよく見ずに、一般的なイメージだけで勝手にレッテルを張る。そんなことをする人にはなりたくないと心底思うけど、気をつけないとついやってしまう。歳を重ねるごとに、わかったつもりになりがちなことに対する自覚と危機感を忘れずに、いつまでもフラットに、柔軟な人でわたしはありたい。